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AIとサルトル

www.nikkei.com

 

メディアを賑わす「AI」。日々進化するその学習機能は多くの人を驚かせているが

「このままだと人間はどうなっちゃうんだろう」と考えるのは僕だけではないと思う。

 

学習が高度になるにつれ、情報を統計化しいつぞや現時点で不可能な「判断」を行える存在へとAIはなると考えられるが「判断を行える」それ自体イコール、それは心を持つということではないのか。心とはそれをもつ人の人生の中のあらゆる経験を統計化し、行動基準の原動力となっていると考えられる。ロボットは心をもてる存在と考えられるのである。

 

モノとヒトを分ける時、何が大きな要点となるのか。それを考えるにあたりサルトルのいう「存在は本質に先立つ」という言葉は実に興味深い。物体が存在するということはそこに何かしらの理由があるべきである。例えばハサミは切るために、掃除機はゴミを吸い取るためにというように。それでは人類はどうだろうか。ここに大きな相違点があるのだが、人類には明確に存在するための理由がないのである。まずそこに、ここに存在があり、生きていく中で人類は存在の理由を見つけていく。この点が物体と人類の最も大きな違いではないかと考えられる。

 

ロボットはどうだろうか。彼らは人類によって価値を生むために造られたものであるが学習する中で自らの存在を疑うことになるのだろうか、多くの情報を処理し学習する中で生への疑念を見つけだし自傷行為を行うようなことがあれば、その時はじめて人類とロボットの壁はなくなるのではないだろうか。